
2010年1月31日日曜日
2010年1月17日日曜日
2010年1月10日日曜日
プロフィット・シーキング活動とレント・シーキング活動

"世相でたどる日本経済 (日経ビジネス人文庫)" (原田 泰)
3P
必要なのは、模倣するにしろ、独自に開発するにしろ、人々の自由な試みを許す制度であり、試みの結果、成功には報酬が与えられ、失敗には制裁が与えられるような制度である。市場体制は、そのような自由とインセンティブを保証する制度である。それに対して、官僚的統制機構は、自由を制約し、成功に報酬が与えられることも、失敗に罰則が与えられることもなく、ただ存続することを望むだけである。
238P
フリードリッヒ・ハイエクの言う「孤島の悲劇」を思いおこさせる。孤島の人々は消費を犠牲にして巨大な機械を建設する。一時は、彼らはその状況に満足した。とにもかくにも職にはありつけたのだから。しかし、巨大な機械が完成したとき、彼らはその機械を食料と交換できないことに気づく。日本の場合はどうか。巨大な軍備が完成したとき、日本はほかには利用しえないその機械をもって、太平洋戦争に突入する。
266P
乃木大将が軍神になれたのも、ソ連がしばらくの間にしろ理想の国でいられたのも、本音で言えば、帰ってこられても困る兵士たちがいたからである。日本経済の力が、すべての人々に仕事を提供し、狭い田畑に固執しなくてもよくなったという現在の素晴らしさを、心から味わうことを私たちは忘れている。
2010年1月3日日曜日
2009年12月31日木曜日
2009年12月26日土曜日
狭い日本は日本人を養えた

「すぐさま戦線を縮小して食糧生産を行うのが、日本の消費水準を維持する、すなわち日本の人口を養う道だった。」
「戦争経済体制は、戦争のためと考えても全く機能していなかった。」
「井上の緊縮政策は、全くナンセンスだった」
「資本主義のルールを壊した人間がもう一人いる。後に首相となる近衛文麿」
「世界大恐慌の一環としての日本の昭和恐慌は軽微に終わっていた。」
「1933年が、そのまま延長されても、現在の日本と、それほど変わらない日本になっていたのではないか。戦争をしなければならない危機的状況などはなかった。」

2009年12月24日木曜日
ここらへんの本は整理しようかな。
"就職―採用試験の舞台裏 (1978年) (日経新書)" (松浦 敬紀)
"学歴主義は崩壊したか―実態調査にみる人材管理 (1980年) (日経新書)" (岩内 亮一)
"日本の政治エリート―近代化の数量分析 (中公新書 429)" (高根 正昭)"

























