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2010年1月10日日曜日

プロフィット・シーキング活動とレント・シーキング活動

"世相でたどる日本経済 (日経ビジネス人文庫)" (原田 泰)

3P

必要なのは、模倣するにしろ、独自に開発するにしろ、人々の自由な試みを許す制度であり、試みの結果、成功には報酬が与えられ、失敗には制裁が与えられるような制度である。市場体制は、そのような自由とインセンティブを保証する制度である。それに対して、官僚的統制機構は、自由を制約し、成功に報酬が与えられることも、失敗に罰則が与えられることもなく、ただ存続することを望むだけである。

238P

フリードリッヒ・ハイエクの言う「孤島の悲劇」を思いおこさせる。孤島の人々は消費を犠牲にして巨大な機械を建設する。一時は、彼らはその状況に満足した。とにもかくにも職にはありつけたのだから。しかし、巨大な機械が完成したとき、彼らはその機械を食料と交換できないことに気づく。日本の場合はどうか。巨大な軍備が完成したとき、日本はほかには利用しえないその機械をもって、太平洋戦争に突入する。

266P

乃木大将が軍神になれたのも、ソ連がしばらくの間にしろ理想の国でいられたのも、本音で言えば、帰ってこられても困る兵士たちがいたからである。日本経済の力が、すべての人々に仕事を提供し、狭い田畑に固執しなくてもよくなったという現在の素晴らしさを、心から味わうことを私たちは忘れている。


2010年1月3日日曜日

言われている問題はずっと同じであるような。


"数学は嫌いです!―苦手な人のためのお気楽数学 (講談社文庫)" (石川 英輔)

"文明の生態史観 (中公文庫 M 98)" (梅棹 忠夫)











2009年12月26日土曜日

狭い日本は日本人を養えた


"日本国の原則―自由と民主主義を問い直す" (原田 泰)

「すぐさま戦線を縮小して食糧生産を行うのが、日本の消費水準を維持する、すなわち日本の人口を養う道だった。」

「戦争経済体制は、戦争のためと考えても全く機能していなかった。」

「井上の緊縮政策は、全くナンセンスだった」

「資本主義のルールを壊した人間がもう一人いる。後に首相となる近衛文麿」

「世界大恐慌の一環としての日本の昭和恐慌は軽微に終わっていた。」

「1933年が、そのまま延長されても、現在の日本と、それほど変わらない日本になっていたのではないか。戦争をしなければならない危機的状況などはなかった。」

「危機があったとしたらそれは軍人の危機だった。知恵と技能における熟練労働者とおばさんの権威が高まり、軍人の権威が低下することへの反動が軍国主義の運動だったのではないだろうか。」

「井上準之助の清算主義が資本主義のもたらす創造の富への期待を打ち砕いたことと、近衛文麿の「英米本位の平和主義を排す」の主張から、日本の太平洋戦争への道が始まった。」



美しい都市と美しい消費財

2009年12月24日木曜日

いつまでたっても入門書

さらに、

"大学再考 (1978年)" (西島 建男)

"ゼミナール 現代会計入門" (伊藤 邦雄)

つくづく入門書だらけ。

経済学とか会計とかずっと入門で過ぎていく。

人生それで終わってしまうのだろうなぁ。

ここらへんの本は整理しようかな。

"就職―採用試験の舞台裏 (1978年) (日経新書)" (松浦 敬紀)

"学歴主義は崩壊したか―実態調査にみる人材管理 (1980年) (日経新書)" (岩内 亮一)

"日本の政治エリート―近代化の数量分析 (中公新書 429)" (高根 正昭)"

「学習社会」への挑戦―学歴主義を超えて" (天野 郁夫)







"平将門 (中巻) (新潮文庫)" (海音寺 潮五郎)

"みせかけの中流階級―都市サラリーマンの幸福幻想 (有斐閣選書 (679))" (石川 晃弘)

"学歴主義の発展構造 (1981年) (日評選書)" (岩田 竜子)

"こんな大学を出ても…―せっかくの進学がムダにならないか? (グリーン・ブックス (47))" (大和出版)

"ケインズ一般理論入門 (1976年) (有斐閣新書)" (浅野 栄一)







2009年12月20日日曜日

Depression and Poverty


"脱貧困の経済学-日本はまだ変えられる" (飯田泰之)

解決できる能力、余裕がありながら、みすみす悪い方に舵をとってしまっている。

世界に対する見方にジェフリー・サックスと立ち位置は同じものを感じる。

ちょっとした持てるものの吝嗇がつもりつもって自らのよって立つ大地を浸食していく緩慢な破綻を避けるには、転機が必要。

80年代のような軽やかな楽観への転機が。



バブル崩壊の記憶がない世代の登場を待つしかないのか。

今から考えると折角の楽観へのとば口となりえたライブドアなどの活動をあれだけ粉砕してしまったのは、大きなあやまりだったのではと感じてしまう。



2009年11月18日水曜日

優柔不断である権利



軽率な入門的読み物かと思ったら、すばらしい切れ味のケインズ理論探求の書であった。
生きるケインズである。
最後に著者は、あくなきケインズ理論探求、クレプス、グル&ぺッセンドルファー、ギルボア&シュマイドラー、エプスタイン&シュナイダーなどの研究の渉猟の果てに、グッバイ・ケインズと記しているが、理論が死んだからでなく、きらきらした著者の若さに対するグッバイであるとともに、本当にケインズとその理論がすき故の言葉なのだ。
楽しみな人と邂逅した。

2009年11月15日日曜日

忠誠心フィルター

"使える!経済学の考え方―みんなをより幸せにするための論理 (ちくま新書 807)" (小島 寛之)

幸福、平等、公正、自由、安定を数学を使って論じる

1 数学の持つ非情緒性という性格は、むしろ、人の情動のようなものを適度に遮蔽して、冷静な思考を促すことを可能にする。

2 形式論理のうえでは誤りがない。

3 「少なくとも理想状態では成立するような例」を与えることができる。

そういう本なので、途中で、長いものではないものの、数式を使って説明しているところは、細切れ時間を利用して読んでいる私のようなものには、すとらぐるかネグることになってしまったが、終章とあとがきで大爆発。

タイトルから受ける印象とは全く異なる重い内容になっています。

2009年11月7日土曜日

借りた、読んだ、返した。

"クルーグマンの視座―『ハーバード・ビジネス・レビュー』論考集" (ポール R. クルーグマン)

表紙の顔って、バーナンキに見える。




貸出期限に間に合わず、最後の3章は、パラ見に終わってしまった。解説は、高橋洋一。最近露出オッケーになったよう。



飯田泰之の「経済学思考の技術 ― 論理・経済理論・データを使って考える」似たテイスト。 結構すき。